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■ 礼2015.10. 4

 就職活動では面接試験の作法を事前に学習する。ドアの開け閉め、あいさつの言葉、お辞儀、椅子の座り方、受け答えなどなど、礼儀作法として身につけなくてはマイナス評価となる。しかし、“礼”というのは堅苦しい作法としてではなく、相手を敬う気持ちが外に表れたものでなければならない。「武士道」の著者新渡戸稲造は「そこに誠がなければ礼など茶番だ」と言っている。
 「礼道の要は心を練るにあり。礼を持って端座すれば凶刃剣を取りて向かうとも害を加うること能わず」出典は定かではないが、小笠原流宗家の言葉のようだ。この“礼”というものは、知らないと恥をかくだけではなく、人間関係を崩してしまう厄介なものだが、礼を持って相手に対応すれば自分自身を守ってくれる鎧となる社会生活にとって必要不可欠なものだ。
 子ども達には道場への出入りのあいさつをうるさく注意している。できない子は何度でもやり直しをすることになる。道場に入る時、そこは特別な空間であると感じてくれることを願っている。また、外での“こんにちは“という挨拶は武道に限らず基本的なことだが、教えを乞う師に対してこの言葉が言えなければ、どんなに稽古しても上達できないことを知らなければならない。反抗期の中学生であっても、挨拶しないことが礼に反することで、師に対する無礼な態度が指導を受ける状況にないことは理解できるであろう。”たかが挨拶”だが“一事は万事”である。
 礼に始まり礼に終わる武道、礼を重んじた武士道、子ども達には合気道の稽古をとおして礼を身に着けて欲しい。テレビを見ていてもきれいにお辞儀をされる人を見ると気持ちが良い。良いことは何でも取り入れる姿勢が大切。
 武士道について昨年刊行された本に、武家の娘として生まれ昭和の時代までたくましく生き抜いた祖母の言葉を綴っている「女子の武士道」がある。最後の章で、真剣に、強く、美しく、生き抜いたからこそ人に感動を与え、死してなお魂を残すことができる“本物の人生”とは、志を持つことだと著者石川真理子は言っている。


合気道光輝会/大畑