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■ 誰でもできる合気道2017. 2. 5

 入門部、少年部でも技の手本を指導者が示して稽古を始めているが、子ども達の中に見てない子を時々発見すると、「良く見なさい」と注意をすることがある。説明に熱が入り、座って見ている子供たちに目が行き届かないことがある。「はい、どうぞ」と稽古を始めると、説明と違うことをやっている子が時々いる。顔は向いていても、見ていない、聞いていない。説明も臨機応変に対応する必要性を痛感。
 しかし、私自身稽古人として稽古する場合、師範の説明を聞き逃さないよう懸命に聞いていても理解できないことがあった。山口清吾先生の講習会での稽古では、二〜三割程度しか理解できなかった記憶があるが、この時は山口先生の言葉を受け入れるだけの実力が足りなかった(今でもどうか疑問)。合気道について自ら学び、もっと稽古を重ねて理解力を深めていくしか方法はないようだ。
 山口先生が言っておられるように、「誰でもできる合気道」を目指し指導者は示さなければならないと考えている。また、「術技の基本は、どんな技でも、これといった難しい事にあるのではなく、誰にでも実行できる、日常の起居動作の中に実は技を行う根本がある。」と言っておられるが、単純なことほど難しいことはない。ウエートトレーニングで、筋力を増やせば強くなることができるような競技のほうがとても楽で分かりやすい。日常の起居動作をどのように技としたら良いか、「歩く、座る、立つ、腕を上げる、肘を伸ばす曲げる、手を握る開く」といった動作を技の中にどのように生かして行けば良いのか、これを解明することは容易なことではない。山口先生は、さらに、これを体感できたなら、「投げも押さえも以外に楽々とできることに気付くであろう」と言われる。
 もちろん、力に頼る稽古を続けている限り、「誰でもできる合気道」はやってこない。足の先から、手の先まで全身の神経を研ぎ澄まし、稽古しなければならない。無駄な力、無駄な動きを少しでも無くしていくことが大切。根本は姿勢、気勢の充実した姿勢で業(わざ)を行うことだと山口先生は言われている。